プリンセス 天功
今回のトラブルは『決死のスパイク・イリュージョン』というエスケープイリュージョンの最中に発生。刃渡り10センチ、長さ80センチの金属製刃物、計20本に左右から強い力で挟まれ、あと1センチで右目に剣が突き刺さる状態だったという。
事故後も本人が演技を続けたため事故の大きさに気づかず、30分ほどはそのまま公演が続けられたが、スタッフが異変に気づきそのまま打ち切りとなった。
どうも事故直後からプリンセス天功の意識が“飛んで”しまったようで会話ができたのが病院に搬送された後だったそうだ。
当初の発表は機械トラブルとだけ発表された。
本人は自分のことより、公演中止になってお客様に迷惑をかけてことを気にかけている様子。
一日も早く元気になって欲しいです。
これまで、テレビとかで見ていたイリュージョンはたとえ「電動のこぎり」や「ナイフ」「爆薬」が出てこようと「どうせ“タネ”があるわけだし・・・」と気楽にみていましたがやはりちょっとの油断で大事故になってしまうのですね。
プリセス・テンコーさんが「極上の月夜」に出演しました。
イリュージョンが素晴らしいのはもちろんですが「存在自体がエンターテイメント」みたいな紹介が面白かったです。
「油田をプレゼントされた」とか「別荘が50戸ある」とか・・・・・・オイオイ (^^;
さて、マジックですが、「油田」つながりでラクダを消しました。(ラクダのレンタル料金は高いです。)(笑)
次に「恋人に語った物語」という題で物語風のイリュージョン。一編のポエムのような構成。素敵です。
ゲストの方が「こういうの見るとトリックなんかどうでもよくなっちゃいますね。」と言っていました。同感です。(#⌒∇⌒#)ゞ ポッ
次が問題。「動物に見せた」というマジック。何かと思えば「ロールカーテンの裏に消えてしまうマジック」。
詳しく言うと
2人のアシスタントの間にテンコーさんが立ちます。ロールカーテンをテンコーさんの前に下ろし、次に巻き上げると消えています。もう一度カーテンを下げ、戻すとテンコーさんがまた現れる。というものです。
でもなんでこれがわざわざ動物に見せたマジックなのか理解に苦しむところですが・・・そういえば「チンパンジーにこのマジックを見せたらどんな反応をするか」なんて企画があったような・・・
さてさて、このマジックは以前にも見たことがありますが、タネが全然分かりませんでした。しかし今回ビデオでチェックしていたら見えちゃいました。
そのフロアはねずみ色でフラットな床のはず。2人のアシスタントがテンコーさんを消した後ロビーへ移動。その姿をカメラが追っていったのですが、フロア隅に来たときに
光の加減でフロアの奥が1段下がっているのが見えてしまったのです。
マジックの演技をしているすぐ後ろが1段下がっていてテンコーさんはここに隠れる。段差はねずみ色の床とスタジオの照明の加減で見えなくしている。このようなことだと思います。(わたしの憶測なので間違ってたらごめんね。(^_^))
もし当たっていたら日テレさんまずいですよ。
突っ込みついでにもう一つ。
マジックを見終わったあと、司会の三宅裕司さんの一言「スタジオではこんなに驚いているのに間近で見ている羽鳥君あんまり興奮してないねぇ」
?もしかして近くで見るとタネがバレバレなの?
アナウンサーとはいえ時には演技力も必要です。
羽鳥アナウンサーに教育的指導!
本日の登場は2代目引田天功ことプリンセス・テンコーさんです。詳しくは以下の通りですが調べてびっくり。
50歳ですか(⌒▽⌒;) オッドロキー
しかし、エネルギッシュに活動してます。年間300ステージなんですよ。オマケに睡眠時間が3時間とか。
ある健康番組に出演のとき「汗は出したり止めたりコントロールできる」と言い、お抱え一流シェフが毎回手の込んだ食事を作っても1口か2口しかお食べにならないそうです。それでいて健康状態良好。
枕元にはステージ・イリュージョンのアイデアを書き留めたメモが何十センチにもなっているそうです。
それに超お金持ち。
しかし、今は順風満帆な彼女も若い頃は体が弱かったらり、同業者から苛められたりとたいへんだったようです。
その辺のことはこのブログへ
http://blog.livedoor.jp/textsite/archives/18302567.html
二代目・引田 天功(1959年6月29日 - )は日本の奇術師、イリュージョニスト。新潟県新井市(現・妙高市)出身。本名は板倉満里子(いたくら まりこ)。別名プリンセス・テンコー (PRINCESS TENKO)。日本奇術協会国際交流委員長。
初代引田天功に1976年から師事。1977年に倒れた初代引田天功の代役で脱出芸を行った後、1978年に『朝風まり(あさかぜ まり)』の芸名で、マジックを披露しながら歌う異色のアイドル歌手としてデビューし、しばらく歌手として活動した。(デビューシングルは「ザ・マジック」)しかし初代の死去後、1980年12月に二代目を襲名し先代の遺志を受け継いで命がけのイリュージョンを展開するようになる。世界各地で公演を展開し「プリンセス・テンコー」の愛称で知られるようになる。
契約では「引田天功」と「プリンセス・テンコー」は別のキャラクターとして設定されており(例:彼女によれば「引田天功」は日本人だが、「プリンセス・テンコー」はアメリカ出身のアメリカ人と言う設定が与えられている)、演じるマジックやイリュージョンも全く別々のものである。また、「引田天功」は喋らない設定であるため、テレビ番組には「プリンセス・テンコー」として出演する場合が多い。
2004年11月、2005年秋にハリウッド俳優と結婚することを発表。
また、米国では1995年より彼女を主人公にしたアニメ「TENKO and the GUARDIANS of THE MAGIC」が放映されており、バービー人形で有名なマテル社より TENKO Doll も発売され、同年のクリスマスには800万体が売り切れた。これに伴う米国プロダクションとの契約で、歳は24歳に設定され髪型、メイクから体重、体形にいたるまで変えることを禁じられている。
引田天功のイリュージョンワールド
http://www.tenko.ne.jp/

